2006-06-01から1ヶ月間の記事一覧

視野の狭さ、選択肢の少なさ

われわれの視野の問題。認識の問題。 いったい何が、われわれの視野の中に入ってくるものとわれわれの視野から逃れ去ってしまうものとを分けるのか? われわれが何か判断を下すとき、その判断の根拠となりうるものとなりえないものとを分かつものとは何だろ…

革命の超越的な水準

現在の世界で求められているものとは、ひとことで言えば、切断であるように僕には思える。切断というのは、何かと何かを明確に分けることであり、それは、空間のレベルに対しても、時間のレベルに対しても言うことができる。空間のレベルにおいては、特に、…

悪の組織から絶対正義へ

『あかほり外道アワーらぶげ』について少し。 この作品で問題になっていることを整理しようとすることは、思いのほか、困難であるように思える。正義と悪という問題設定にしても、そこでは、単純に、正義と悪との位置交換が描かれているわけではないだろう。…

悪意ある同情のまなざし

先週、古本屋に行ったとき、懐かしいマンガがあったので、思わず買ってしまった。それは、たちいりハルコの『パンク・ポンク』というマンガである。『パンク・ポンク』は、昔、小学館から出ていた「小学○年生」(一年生から六年生まである)に連載されていた…

都会からのまなざし、現代からのまなざし

『ジャングルはいつもハレのちグゥ』のアニメを見返していて気づいたことがある。それは、この作品の舞台であるジャングルとは、都会と対照的な位置にある田舎のことだ、というものである。この作品の優れているところは、まさに、そのような、都会/田舎と…

ハーレムアニメのタブー

『おくさまは女子高生』のアニメを最後まで見た。 この作品が描いているのは、まさに、ひとつのタブーの存在であるが、そのことによって、逆に示されることは、現在、確固たるタブーなど存在しない、ということである。言い換えれば、何かそこにはタブーが存…

母親以上に母親的なもの

昨日、手塚治虫のマンガにおける母親的なものということを少し書いたが、そのことについて、もう少し詳しく書いてみたい。 このテーマに思い至ったのは、今年、『ハトよ天まで』という手塚のマンガを読んでいたときである。この長々としたマンガで何が描かれ…

アダムとイブ

ずっと以前から気になっている言説がある。それは、劇場版『新世紀エヴァンゲリオン』のラストシーン、つまり、浜辺に横たわるシンジとアスカを、新世界のアダムとイブというふうに捉えるという言説である。こうした解釈は、公開当初からあったものだが、そ…

強化人間の失われた記憶

昨日に引き続いて、『機動戦士Zガンダム』について少し。 僕は以前から思っているのだが、セカイ系の起源のひとつとして富野由悠季を想定することができるように思う。特に典型的であるのが強化人間についての設定で、そこで記憶の問題が扱われていることが…

魂の次元

『機動戦士Zガンダム』のTV版を最後まで見終わった。劇場版も全部見たので、まとまった感想を書こうかとも思ったのだが、それほど気力がないので、部分的な感想をいくつか書いてみたい。 まず、TV版の最終回に出てくる戦死した人たちの描写について。富野由…

信頼と不信

この前『GANTZ』について少し書いたが、この前提示した視点から『GANTZ』を見ていくと、この作品のテーマとでも言うべきものがよく理解できるような気がする。つまり、この作品は、人と人との繋がりを問題にしている作品だ、ということである。 そもそも、そ…

街の持つ意味

『Fate/stay night』のアニメについて少し。 この作品のバトルロワイアル形式については、以前に少し書いたので、改めて書くことはしない。この作品を見ていて、少し興味深く思ったのは、そこでの街の描写、街が持つ意味とでもいうべき側面についてである。 …

世界から世界へ、場所の移動

昨日に引き続いて、場所の移動に関して少し書いてみたい。 場所の移動という観点から見るならば、異世界ものの作品も、違ったふうに見ることができるように思える。つまり、場所の移動という点で言えば、異世界に行くことも、未来や過去に行くことも、他の土…

冒険、旅、お出かけ

昨日、『西の善き魔女』を見ながら考えたことがある。それは、言ってみれば、アニメ作品における空間分節とでも言うべき問題である。これは、別に、アニメに限る話ではないのだが、登場人物たちが土地から土地へ場所を移動する、そうした移動というものに注…

戦時下での平時

アニメ『Soul Link』を見ていて、少し気になるところがある。それは、このアニメ作品から、まったくと言っていいほど、緊張感が感じ取られない点である。 作品のストーリーから考えるのであれば、この作品には、当然のことながら、緊張感が溢れているはずで…

学校の重苦しい雰囲気

学校というものについて少し。 現在のサブカルチャーについて考えるとき、学校というものは、無視することのできない重要な要素だろう。学校を舞台にした学園ものの作品はたくさんあるし、そうした作品においては、学校での日々の生活や学校行事というものが…