学校の重苦しい雰囲気

 学校というものについて少し。
 現在のサブカルチャーについて考えるとき、学校というものは、無視することのできない重要な要素だろう。学校を舞台にした学園ものの作品はたくさんあるし、そうした作品においては、学校での日々の生活や学校行事というものが、物語のひとつの型を提供しているからである。
 最近、『おジャ魔女どれみナ・イ・ショ』のひとつのエピソードを見て、久し振りに、学校の持つ独特の雰囲気を思い出した。そのエピソードというのは、ひとりの男子が、ある女子の縦笛を割ってしまい、その罪が別の女の子に着せられることになる、というようなものである。授業が終わったあとのクラス会みたいので、問題が提起され、その問題が解決するまで、誰も家に帰ることができないという、そういう雰囲気である。
 このような息のつまるような雰囲気を、中学校を卒業して以後、果たして体験したことがあったかどうか、僕にははっきりした記憶がない。ある集団の中で何か問題が起こって、気まずい雰囲気になるということはあったとしても、問題解決の前後は、もう少し、さっぱりしたものになったように思う。
 学校には独特の規律というかルールがあって、そのような雰囲気を、例えば、『かみちゅ!』のような作品は、非常に上手く描写しているように思える。つまり、そこでの独特さというのは、とりわけ、「道徳」という名で呼ばれるようなものが問題になるときに立ち現われてくるように思える。『かみちゅ!』で、主人公のゆりえが、一ヶ月だけ、他の学校に転校し、そこで、積極的に友達を作らなかったことを反省する、というようなエピソードがあったが、そんなふうに、道徳的なものは、個人の内面に土足で踏み込むようなところがあって、そうしたことが非常に苦痛だった時期が義務教育の期間だったように思える。