ブログ向けの文章、同人誌向けの文章、それぞれの文体の違い

僕がこのブログを始めたのは2005年4月14日。最初のエントリーは「ブログ始めました。」。タイトルそのままの内容で、今後ここに何か書いていくという宣言だけをしている。

 

今日からブログを始めました。

 

ここでは、アニメ、マンガ、ゲーム、映画、文学、思想、社会問題、等々について、日々の感想を書き連ねていくつもりです。その中でも、アニメの感想を書いていくのがメインになると思います。

 

以後、よろしくお願いします。

 

この時点からもう20年が経過した。

 

ブログを始める前から僕は文章を書いていたし、知り合いたちと共同で運営していたサイトにも寄稿はしていた。しかしブログを開設してからが、僕にとっての執筆活動の実際的な始まりだった。僕の文章の基本的なスタイルはここで培ってきたものだ。

 

アーカイブ」を見てもらえれば一目瞭然だが、僕は2011年頃までは継続的に記事を書いていた。しかしそれ以降はブログから離れていた。しかし思うところがあり、今年になって再びブログに戻ってきた。

 

2011年以降ブログをあまり書かなくなった理由は、同人誌への寄稿が文章を発表するメインの場になっていたからだ。2011年の11月には僕が主宰になって編集した同人誌『セカンドアフター』も発刊した。自分の同人誌はそれほどの数を出していないが、毎年どこかの同人誌に自分の論考を寄稿した。それは今も続いている。

 

ブログに書くときの文体、同人誌向けの論考の文体。この二つはやはり違っている。文章を書くときの「意識」の向け方が違ってくる。

 

ブログに文章を投稿するのが嫌になった理由のひとつは、アクセス数などを気にして、「これを書けばネットで受ける」と考えるようになったことだ。アクセス数を稼ぐためには、流行の話題に飛びつく必要がある。アニメだったら、現在放送中で注目度の高いもの、みんなが話題にしている作品を選んで記事にする。そういうことをやっていると、とても疲れてくる。

 

僕が旧ツイッター(現X)を始めたのも、ブログにはない解放感や気軽さを求めてというところもあった。SNSに何か新しい可能性があると当時は素朴に思っていた。

 

手軽に思ったことを呟けるツイッターは確かに良かった。しかし本質的なところはブログと変わらない。ツイッターにもツイッター向きの文体や話題がある。最初の頃はそうでもなかったかもしれないが、タイムラインにも「空気」がある。そうした「空気」を無視して、自分の呟きたいことだけを呟くのは難しい。居心地が悪さを感じる。だったら、ツイッターではなく、別のところでそれを書いたほうがいい。ツイッターからも徐々に離れていった。

 

僕が書きたいこと、やりたいことのほとんどは、世間一般の流行や話題からズレている。そういうことは最初から分かっていた。しかし、「ネットの評判」のようなものに引きずられた結果、どこか自分の関心を見失ったところがある。それを回復させる必要性を今は強く感じている。

 

だから、僕がブログやツイッターから離れて、同人誌向けの文章に注力するようになったのも必然だった。同人誌に寄稿する文章では、題材にもよるが、流行から外れたものを書くことができる。これは大きな利点だ。準備や執筆にかかる時間が長く、書き終わってから同人誌が出るまでにもそれなりの時間がかかる。こうしたタイムラグの与える心理的効果は大きい。読者の反応をすぐに気にする必要がない。「受け」を狙わなくてもいい。ゆっくりと時間をかけて考え、文章を書くことができる。

 

しかし同人誌向けの文章にも欠点はある。それは、時間と手間をかけすぎるために、筆が重くなることだ。試行錯誤や推敲を重ねて、ひとつの文章を完成に導くので、さっと書いてさっと公開するという身軽さが失われる。文章を書こうと思っても、なかなか言葉が出てこない。そんなときはネットをダラダラ見て、何かが出てくるまで待つ。しかし何も出てこない。「仕方がないから、あの話から書くか」と重い腰を上げて、やっと書き始める。こんな具合で、進みが遅い。

 

これと同じ調子でブログを書いていたら、いくら時間があっても足りない。論考の文体はブログ向きでは全然ない。ではブログ向きのもっと軽い感じの文章を書くためにはどうすればいいのか。以前からずっと模索だけはしていたが、よい解決法は見つからなかった。

 

最近になってやっとそれを見つけた。音声入力とAIを使うのである。

 

まずグーグルドキュメントに音声入力で書きたい内容をリアルタイムで文字起こしする。とても読めたものではない、誤字脱字だらけの文章が出来上がる。しかしこれをAI(XのGrok)に「読みやすい文章にしてくれ」と指示すると、すっきりとしたまとまった文章に直してくれる(段落分けもしてくれる)。もちろんこれで「完成」ではない。しかし荒書きとしては十分だ。これに加筆・修正をして、推敲する。話し言葉をベースにしているので、文章も重くならない。

 

これを読んでいる人にも、このやり方をオススメしたい。その人が満足するものが出来上がるかどうかは分からないが、最初の一歩が踏み出しやすくなることは間違いない。

 

僕にとって大きかったのは、ブログに気軽に投稿できる「文体」を再発見できたことだ。「昔はこれくらい軽い感じで文章を書いていたなあ」と思い出せたことが大きい。

 

ダムが崩壊して水が飛び出してくるように、これまで自分の溜まっていたあれこれが放出され、書きたいことが次から次に湧いてくる。15年分くらい溜まっていた思考の澱(おり)のようなものだ。まずはこれをすべて流し出したいと思っている。

 

読者が読んで「面白い」と言われるような文章を書きたい、多くの人がそこに価値を認めるような論考を書きたい。やはりそういうことは考える。しかし、それを優先しているとだんだんと書けなくなってくる。筆が重くなる。だから今は何よりも、自分の中にあるものを外に出すことを優先したいと思っている。