『機動戦士Zガンダム』と大衆の問題(3)



 『機動戦士ガンダム』の対立図式を明確にすることは、極めて困難なことである。この点こそが、『ガンダム』という作品が、単純な善悪二元論に回収されない作品である、ということを端的に示している。今日は、その点を、もっと明確にしてみたい。


 そもそも、『ガンダム』という作品が、単純な善悪二元論を回避しているのは、シャアというキャラクターがいるからだ、と言っていいだろう。アムロが善で、シャアが悪、連邦軍が善で、ジオン軍が悪。そうした見方を崩すのは、シャアというキャラクターの特異な位置によってである。


 シャアが二つの名前を持っていることに注目しよう。つまり、キャスバル・レム・ダイクンシャア・アズナブルという二つの名前である。この二つの名前によって、シャアは、二つの役柄を演じ分けている。シャア・アズナブル、その名で指し示される人物は、主人公アムロのライバルである。それは、主人公の引き立て役であり、主人公が善の場所に立つためにそこにいなければならない悪役である。しかし、シャアには、もうひとつの名がある。それがキャスバル・レム・ダイクンである。


 キャスバルと呼ばれる人物の果たす役割とは何だろうか? それは、奇妙なことだが、ヒーローの果たす役割と言えないだろうか? つまり、殺された父の仇を討つために、別人に成りすまし、復讐の機会を狙う、という役回りである。このとき、キャスバルは、善の場所に立つことだろう。そして、このとき、悪の場所に立つのが、キャスバルの父を暗殺したザビ家の人々である。


 ここにおいて、『ガンダム』のストーリーは、多層化される。一方で、この物語は、連邦軍ジオン軍という全面戦争の物語であり、そこにおいて、アムロとシャアはライバル関係になっている。しかし、他方で、この物語は、シャアのザビ家に対する仇討ち物語となっている。そういう点で言えば、シャアは、連邦軍ジオン軍という大状況の物語を生きているわけではない。彼の生きている物語は、ザビ家に対する仇討ちという小状況の物語である。


 同じような視点から見れば、主人公のアムロも、大状況の物語を生きているわけではない。もし、『ガンダム』が昔のヒーローものであれば、ガンダムアムロ)の活躍により、連邦軍に勝利がもたらされる、という話になることだろう。しかし、ガンダムには、大局を変えるほどの力はない。悪の親玉のような存在がいて、最後にそれと闘って勝利し、地球に平和がもたらされる、という物語展開にはならないのである。


 物語のラストで、アムロはシャアと闘うが、その闘いは、決して、大状況を背負ったものではない。非常に個人的なものとなっている(とりわけララァというひとりの女性を巡って)。また、ジオン軍の悪の親玉に当たるような人たちの最後も、非常にあっけないものである。悪の親玉に相応しく、憎々しい顔をしたデギン・ザビは、息子のギレンに殺されてしまう。そして、このギレンも、妹のキシリアに殺されてしまう。つまり、悪の統領に当たるような二人の人物は、家族内の揉め事で死んでしまうのである。


 ギレンという人物について少し考えてみよう。この人物は、終始、政治家として描かれている。彼はモビルスーツに乗って戦闘に出ることはない。彼は、自らの野望のため、親をも殺すという悪事をしでかすことができるが、しかし、超人的な力などまったく持っていない。キシリアに銃で眉間を撃ち抜かれて、あっけなく死んでしまうのである。このような描き方こそ、極めて重要だろう。そこで示されているのは、小状況の積み重ねである。大状況を背後で動かしているような悪の権化などいない。様々な小状況の積み重ねによって、ただ大状況が偶然に決定しているだけなのである。


 『ファーストガンダム』において、シャアは、父の仇を討つことができた。このとき、シャアの心の内に何が生じたのかを考えてみるのは興味深い。それまで、シャアの人生に一本の軸を与えていたのが父の仇を討つということだったとすれば、それを果たしてしまったあと、いったい、彼には何が残っているのだろうか? この問いは、次のように一般化できる問いであるだろう。すなわち、もし、全世界を混沌に陥れている悪の親玉が倒されてしまったなら、加えて、それでもなおかつ、世界に悪が蔓延しているとすれば、ヒーローは何をなすべきなのか?


 シャアが政治的になるのは、この地点からである。『ファーストガンダム』において、シャアは、父の仇を討つという個人的な目的のために悪と闘う一種のヒーローだった。しかし、『ゼータ』から『逆襲のシャア』にかけて、シャアは、父ジオン・ズム・ダイクンの意志を受け継ぐという役回りを引き受けるようになるのである。ここで、物語の対立軸は、善悪二元論から、ジオニズム対地球至上主義へと大きく傾いていくのである。


 次回は、『ゼータ』と『逆襲のシャア』におけるシャアの立場を見ていくことによって、ジオンとティターンズという二つの勢力を適切に位置づけてみたい。